【第1章】農業課題・文化をテクノロジーで解決する
― ルートレック・ネットワークスの事業概要を教えてください。
株式会社ルートレック・ネットワークスは、2005年に創業したIoTテクノロジー企業です。現在(2025年9月)、AI潅水施肥システム「ZeRo.agri(以下、ゼロアグリ)」というスマート農業ソリューションを営農者向けに提供しています。創業当初はまだ「IoT」という言葉が一般化しておらず、M2M(Machine to Machine)の概念に基づいてフォークリフトやカート、体組成計、燃料電池といった機器をインターネット経由で監視・制御するプラットフォームを提供していました。2023年には農業機械大手であるクボタの連結子会社となり、農業分野での社会実装を加速させています。
― 農業に特化したプロダクトを開発するまでの経緯をお聞かせください。
リーマンショック前まではIoTプラットフォームのOEMビジネスを展開して複数社と取引していました。しかし、リーマン後に大手企業が「コア技術に集中する」として新規投資を凍結し、進行中のプロジェクトが全て中止になりました。行き場を失いながらも「お客様の顔が見えるビジネスをしたい」と考えていた折、総務省の広域連携事業に応募して約1億円規模の案件を受託したことが転機となり、農業の「スマート化」を開始しました。
― さまざまな業界がある中で、なぜ農業を選んだのでしょうか。
テクノロジーの力で「根拠ある農業」を広げ、技術や文化を変えていくべきだと痛感したからです。農業は日本の主要産業の中で最もデジタル化が遅れ、勘と経験による栽培が主流でした。このままではアグリテックが生まれても定着せず、日本の農業の未来も閉ざされてしまいます。その変革に向け、現場に寄り添いながら実証と改善を繰り返してきました。
― どのように「農業の勘と経験」を把握なさいましたか。
東日本大震災後の風評被害に苦しむ栃木県や、岡山県の営農者の方々と2年間対話を重ねて気づきました。新規就農者は先輩農家の教えに従って技術を学びますが、日によって天候や土壌条件が変わると、求められる知恵やアクションも異なります。その違いを生む「理由」を言語化してロジックとして伝えなければ、技術の再現性は生まれません。当時、初めてデータと仕組みで経験を可視化する重要性を実感しました。
【第2章】農家の労力や負荷を減らす「ゼロアグリ」
― AI潅水施肥システム「ゼロアグリ」について教えてください。
ゼロアグリは日射予測、土壌水分やEC値(Electric Conductivity。導電率や電気伝導度を指す)などのセンサデータから、クラウドAIが「いつ・どれだけ水と肥料を与えるか」を自動制御するシステムです。少量多頻度の潅水と施肥を行うことで、収量と品質の安定化、省力化、施肥コスト及び環境負荷の低減に寄与しています。
2013年に提供を開始して以来、全国の農家や農業試験場に累計430台以上を導入し、気候や土壌条件、作物の違いに応じたデータを蓄積しながら改良しています(2025年9月取材時点)。テクノロジーで農家の生産性を上げ、持続可能な社会を実現するという理念のもと、この開発を続けています。
― なぜ、ゼロアグリは水と肥料に特化しているのでしょうか。
農業で欠かせない作業は「潅水(水やり)」「施肥(肥料やり)」「防除」「収穫」の4つです。その中でも、水と肥料はコントロールが比較的容易でありながら、世界各地で数値管理が進んでいないからです。そこで、当社ではイスラエル生まれの点滴チューブを活用し、水と肥料を一体で制御するシステムを開発しました。
従来は、営農者は潅水や施肥を天候や作物の状態を見て判断していました。「水やり10年」と言われるほど習得に時間がかかる作業をAIで自動化すれば、新規就農者でも1年目から熟練農家レベルの成果を出せます。この仕組みを作れば農業全体の構造を変えられる、いわば「ゲームチェンジ」を起こせるはずだと考えました。
― ゼロアグリをご利用になっている営農者について教えてください。
ご導入いただいているのは、いわゆる「イノベーター」に分類される営農者です。「品質を上げたいが、圃場に張り付いていられない」「人手が足りず、規模拡大が難しい」といったお悩みを抱え、技術を積極的に取り入れようとしています。ユーザー層がアーリーアダプターへ広がるにつれ、プロダクトの機能だけでなく、導入後のサポート体制や保守も重視されるようになりました。それに伴い、13の販売会社や約600の営業拠点を有するクボタとの連携を強化しています(2025年9月取材時点)。
― 営農者の皆さんのビフォー・アフターをお聞かせください。
福島県でキュウリを栽培する営農者は、広大な敷地をハウスごとに巡回して潅水と施肥を行っていたため、1日4時間以上を費やしていました。ゼロアグリの導入後は、潅水施肥の作業時間を約90%削減し、AIが日射量や土壌データから自動調整することで猛暑時でも品質・収量が向上しました。作業負担を減らしつつ、成果を最大化できるようになったんです。
― 2024年の基幹的農業従事者の平均年齢は69.2歳と、高齢化が進んでいると伺いました[1]。ゼロアグリを導入する方は若い世代が中心でしょうか。
年齢を問わず新しい挑戦に前向きな方や、60代になっても圃場を拡大して事業成長を目指す方です。一方で、長年同じ方法を続けてきた営農者の中には「残りの現役期間で、数百万円の新規投資はできない」と考える方もいらっしゃいます。ゼロアグリは、気象や潅水・施肥などのデータを2013年から蓄積し、栽培技術を次世代へ継承できる仕組みとして進化してきました。ぜひ、農業のスマート化や持続性を目指す方に導入していただけたら嬉しいですね。
【第3章】黎明期のNVIDIAにも商談。シリコンバレー体験記
― 佐々木さんはシリコンバレーでのご経験を経て、貴社を設立なさいました。
私は新卒で国分電機に入社し、主にシステム開発を担当しました。その後、日本モトローラやウエスタンデジタルジャパンを経て、Intelに勤めていた友人が立ち上げたインキュベーションカンパニー「アイシス」に参画しました。そこでは、シリコンバレーで生まれた最先端技術を日本市場に導入する事業化支援を手がけました。
1990年から10年間は約20社のスタートアップを担当し、IPOやM&Aなどの成果に結びつけてきました。代表的な成功事例は、スマートフォン向けGPSソフトのSnapTrack社(後にQualcommが買収)や、ノートPC向けタッチパッドのSynaptics社(後にIPO)です。当時のシリコンバレーでは毎月のように革新的な企業が生まれ、連続起業家が活躍していました。彼らの姿に触発されて「日本でもイノベーションのエコシステムをつくりたい」と考え、私も2005年にルートレック・ネットワークスを設立しました。
― なぜ、当時はシリコンバレーを活動拠点に選んだのでしょうか。
国分電機時代、単純にIntelのCPUを使って開発する中で「シリコンバレーで仕事をしてみたい」と思ったからです。友人が創業したアイシスにジョインしてから念願のシリコンバレーで活動することになり、現地では毎日のようにスタートアップの経営者や技術者、投資家と会っていました。彼らの技術や経営思想、スピード感に圧倒されっぱなしでした。
― 1990年代、日本とシリコンバレーはどのような関係性にありましたか。
当時、日本のパソコンやゲーム、携帯電話などの製造業が世界を席巻し、シリコンバレーの投資家たちにとって日本市場は外せない存在でした。GoogleやAmazon、Facebookはまだ存在せず、シリコンバレーの主流は半導体や基盤技術を担う企業でした。私たちは、現地投資家が注目する技術を日本市場でも展開できるかを見極める「橋渡し役」を担っていました。
そんな中、まだ社員数が20〜30人だったNVIDIAにも「日本なら私に任せてください」と訪問したことがあります。「すでに日本の企業と提携している」と断られ、悔しかったですね。その頃のNVIDIAは、日系大手ゲームメーカーと共同開発をしていたのではないでしょうか。泣く泣く引き上げましたが、食らいついておけば良かった(笑)。
― 佐々木さんがシリコンバレーで得た学びをお聞かせください。
私は「選択と集中」よりも「選択と分散」を重視しています。コアをぶらさずに複数のプロジェクトを走らせ、状況に応じて市場を変えながら自分の得意領域を深めていく。外れたら、次に行けばいいんです。「挑戦を止めないこと」が成長の源ですから。NVIDIAも、最初はゲーム向けのGPU開発を進めていましたが、やがてAI処理を支える半導体企業へ成長し、2024年6月には時価総額で一時世界首位となりました[2]。市場環境の変化を見極め、活躍の場をずらしながら勝ち続ける。まさに「止まらない企業」ですね。
現在も大切にしている教訓は、「Stay in motion(動き続けること)」です。アグリテック仲間のGRA岩佐大輝さんやテラスマイル生駒祐一さんは、どんなに苦労していても走り続けています。難関を胆力で突破する姿勢に、同じ挑戦者として強く共感しています。
【第4章】釣り、消防団、K-POP。「止まらない社長」のオフ
― 普段、佐々木さんは何を嗜んでいらっしゃいますか。
長年釣りが好きで、多い時は年間40回行っています。イカやカワハギ、キス、タイ、ブリなど、何でも釣ります。釣っていないのは、クジラと巨大なマグロくらいでしょうか。近々、GRA岩佐さんとヒラマサを釣りに行きますが、だいたい向かう先は東京湾や相模湾、駿河湾です。
釣りの醍醐味は3つあると思います。事前に仕掛けを作り、どう釣ろうかと計画を立てること。次に、船上でひたすら釣りに集中すること。3つ目は、魚が釣れたら自宅で調理して家族で堪能すること。準備する、戦う、成果をみんなでシェアするという点がビジネスにも通じますよね。
ヒラメ釣りは、まさに静と動の世界です。コツは、底から1~2m上のタナ(魚が泳いでいる水深)を意識して、泳がせ釣りの場合はイワシを付けて海底付近に誘うこと。ヒラメのいる海底に仕掛けてアタリ(釣り人に伝わる振動・感触)が出たら、少し待ちます。釣り竿がピクピクしている間に引き上げるタイミングを考えて、ここぞという時に竿を持ち上げるとヒラメに逃げられません。ビジネスでも、タイミングが重要ですよね。早く捕まえようとすると逃げられるし、遅かったら餌(情報)を食べられるだけです。
― 佐々木さんは地元の大和市消防団にも入っていらっしゃるそうですね。
9年前(2016年)からボランティアとして参画しています。月に3〜4回、消防訓練や応急手当の技術習得、火災時以外でも地域の安全を守るための防災訓練活動をしています。入団した理由は、小さなお子さんが火災で逃げ遅れたという事件を知ったからです。私がその場にいたら、その子を助けられただろうか、消火器を使えるだろうか、と。自らボランティアに名乗り出る人は、なかなかいないそうですが。
― 消防団のご活動では、何にやりがいを感じますか。
日頃の仕事でたまったストレスを発散しながら、地域コミュニティでさまざまな方と情報交換ができることです。また、年齢に関係なく「先に入った人」が偉いというルールを楽しむこと。消防団では、私の上司が20代の小学校の先生だった時期もあります。本業では長年、社長として何でも自分で決めてやってきたため、「部下や現場はどう思うか」という感覚を養う経験が必要なんです。
― 佐々木さんはK-POPもお好きなんですね。
私の高校生の娘がSEVENTEENやBTS、aespa、IVE、NewJeansを好きだからです。韓国には家族とよく旅行していますが、K-POPグループのライブチケットはなかなか取れないため、街の雰囲気を楽しみながら食べ歩きしたりショッピングしたり、K-POPアイドル御用達のお店でファッションを購入したりしていますね。明洞にあるBTSメンバーの手形に手を入れて写真を撮ったこともあります。
【第5章】挑戦者が社会を動かす。シリコンバレーの教え
― 農業業界全体の傾向や課題をどのようにご覧になっていますか。
日本の基幹的農業従事者は2024年に111万4千人まで減少し[1]、日本農業研究所などの試算では、2040年には約35万人まで及ぶとの予測もあります[3]。これは、衣食住の根幹であるにもかかわらず、危機感が薄いことが最大の課題です。2024〜2025年には「令和の米騒動」も起き、2025年には米の小売平均価格が5kgあたり4,400円台まで上昇しました[4]。さらに、日本は主要な化学肥料原料の大半を海外からの輸入に依存しており、戦争や海上輸送の停滞による供給途絶は農業生産のリスクになります[5]。農業の安全保障を「誰かがやるだろう」と他人事にせず、社会全体でどう支えるかが問われています。
― そうした課題にどのように向き合っていらっしゃいますか。
私は言葉で訴えるだけでなく、農業コミュニティに飛び込みました。2023年から長崎県壱岐(いき)市でアスパラガスの生産を始め、ルートレックファームと称してハウスや栽培方法を実験的に変えています。例えば、従来では地面に定植する「平畝(ひらうね)」が主流ですが、「高畝(たかうね)」に変えて腰をかがめずに作業できるようにしました。さらに畝幅(うねはば)を広げて日射を取り込み、品質と収量を向上させています。ハウスには、高温時でも快適に作業できる片屋根式を採用しました。まずは農業のスマート化を自ら実践して「変えれば成果が出る」ことを示していきます。
― 「稼げる農業」をどのように実現していくのでしょうか。
壱岐ではルートレックファームを核に23ヘクタールの基盤整備地区を活用し、自治体やJAとともに産地開発のモデルづくりを進めています。この仕組みを全国の自治体にも開き、スマート化を志す営農者の方々と次のステージを目指しています。現在、ゼロアグリのユーザーは400人を超え、いわば農業界のイノベーター兼アントレプレナーが増えています。私はシリコンバレーで培ったITの知見を生かし、技術面から皆さんの挑戦を支援しています。農業10年、IT30年の経験をかけ合わせれば、これまでにない価値を生み出せるはずです。
― クボタとの連携や海外展開について教えてください。
クボタとの協業を通じて、国内の施設園芸のスマート化に加え、アジアモンスーン地域への展開も進めています。アジアは日本よりもハングリー精神が強く、最先端技術の導入にも前向きです。課題は価格ですが、現地生産(ノックダウン)を進め、日本からゼロアグリのソフトウェアとCPUコアを供給するモデルによって解決しています。アジアの展開では、経済産業省の支援を受け、気候変動に適応した農業技術をタイで普及させようとしています。タイの高温多湿な環境で培われた栽培技術を、高温化が進む日本に逆輸入する「リバース・イノベーション」の構想も描いています。
― 最後に、読者の皆さんへメッセージをお願いします。
シリコンバレーでは、挑戦者をリスペクトする文化があります。何度失敗しても「次は成功するかもしれない」と期待してもらえるんです。例えば、起業家がベンチャーキャピタルに出向いて「事業計画に投資してください」と言うと、「2回失敗しているのか。でも、3回目は成功するかもしれない。OK、投資しよう」。反対に、起業家がピカピカのポルシェに乗って行ったとしても、「成功しているから、また次も成功しそうだ。OK、投資しよう」と背中を押されます。日本では一度の失敗で負のレッテルを貼られがちですが、それでは誰も挑戦しなくなります。挑戦する人がいるかぎり、社会は前に進む。 私自身も、現場に立ちながら挑戦者を応援し続けます。
また、最後にお伝えしたいのは「人の順序」です。1番目は挑戦して成功した人、2番目は挑戦して失敗した人、3番目は挑戦した人を支えた人。4番目は何もしなかった人、そして5番目は何もせずに批判だけする人。少なくとも、1〜3番を目指すべきでしょうね。「前へ!」。それが、私たち世代の責任です(編集者注:「前へ」とは、ラグビー部元監督の北島忠治氏が説いたもの。明治大学を象徴する合言葉)。
― 佐々木さん、お話をお聞かせいただきありがとうございました。